Working Mother Myun's Diary
ホタルの想い出の、続きです。
私が生まれ育った土地では、夏になると・・・・・
田んぼいっぱいに、ホタルが飛び交いました。
しかし、そのホタル達は・・・・・ある事をきっかけに激減してしまいました。
そのある事とは、子ども心に・・・・・
【用水路の設備】だったと、私は思っています。
そして激減したホタルを、さらに<絶滅>に追い込んだのは・・・・・
【空中農薬散布】でした。
現在もカエルだけは、変わりなく鳴き続ける田んぼですが・・・・・
ホタルは、全く居なくなってしまいました。
ホタルが居なくなると同時に、ミツバチもいなくなり・・・・・
大好きだったレンゲ畑も、<消滅>してしまいました。
ミツバチの足には、まるまるとした、花粉だんごがついています ♪
ミツバチたちが、蜜を集めたり、
花粉を集めたりしている様子を見るのが、大好きでした。
この画像をみているだけで、
脳裏にレンゲ畑の香りが、蘇えります・・・・・
そして、昔の用水路とは、こんな感じでしたよね・・・・・
たくさんの生命にあふれ輝く 『小川』 でした
♪ 春の小川は さらさらゆくよ
岸のすみれや れんげの花に
すがたやさしく 色うつくしく
咲いてゐるねと ささやきながら♪
しかし、生命の輝きにあふれていた、美しかった春の小川は・・・・・
【用水路の整備】 とゆう国策・事業の元
コンクリートで蓋をされた、【暗渠(あんきょ)】 と化してしまいました
この画像は、私の実家のすぐ近くの暗渠・・・・・
かつて私が心から愛していた小川の、変わり果てた姿です
私と夫の共通の、亡き親友は・・・・
この『春の小川』=暗渠(あんきょ)の探究に、生涯の後半の、多くの時間を費やしていました。
闘病しながらも、春の小川の探求に情熱を傾け・・・・・
そして今年亡くなった、愛すべき親友については・・・・・
今は想いがあふれ過ぎて・・・・・
なかなか文章にまとめる事が、出来ません。
この件については・・・・・
もう少し時間をかけてから、その想いを書かせて頂きたいと思っています。
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人の手で造られた後、大自然と一体になり、
生命の多様性にあふれた、春の小川の神秘の輝きの記憶と・・・・・
ホタルが激減した元凶と思われる、
この春の小川の【用水路化整備】 の記憶は・・・・・
私にとっては、とても忘れがたい記憶であり・・・・・
子ども達にも、当時の様子を、たびたび話しています。
私:「お母さんの実家のすぐ近くに、田んぼの脇に歩道のある道があるでしょう? あなた達が、歩道の縁石を、いつもぴょんぴょん飛んで歩いた・・・・・あの道よ。(上記の画像)」
息子・娘:「うん!縁石の間をぴょんぴょん飛んで、お散歩したよねえ~☆
(娘はまだやってるけど・笑)」
私:「今はコンクリートで塞がれている、あの歩道だけどね・・・・・
昔は、小さな川だったの。
そしてそれを、用水路といってね・・・・・
田んぼの稲を育てる水源を確保するための、小川だったのよ。
そして、田んぼの近くに、小川(用水路)があるのは、決して偶然じゃなくてね・・・・・
昔々の人達・・・・・トラクターもダンプもない時代の人々がね・・・・・
田んぼで稲を育てるため、それはそれは大変な苦労をして鍬をふるい、一生懸命土を掘って・・・・・・・
遠くの大きな川から、小川をひいてくるための、「治水工事」を行い・・・・・
たくさんの用水路を造って下さったのよ。
田んぼの近くには、そうゆう用水路があるから・・・・・
真夏に雨の降らない日が続いても、田んぼは干上がらず・・・・・
毎年美味しいお米が、収穫出来るのよ。」
息子・娘:「へ~~~~そうなんだア。」
私:「日頃、当たり前に食べさせていただいてる、『ご飯』だけどね・・・・・
そのお米を育てる「田んぼ」に、命の水を与えるため・・・・・
その昔、命懸けで治水工事に当たって下さった・・・・・
名もなき、たくさんの方々が、いらしたのよ。
そして、この国に、稲作を伝え続けて下さった、やはり名もなき、たくさんのお百姓さん方がいてね・・・・・
お米をつくるため、田んぼを守るため、その人生のすべてをかけて、どれほどの苦労をして下さったのか・・・・・
『ご飯』とゆう食べ物が、本当に、どれほどたくさんの人々の、『努力の結晶』 であるのか・・・・・
現代に生きる私たちは、決してそれを忘れず・・・・・
毎日ありがたく感謝しながら、食べさせていただこうね。」
息子:「そうか~~。 ご飯て、本当に、ありがたい食べ物なんだねえ
」
娘:「あたし、ごはん だいすき~~
」
私:「 ありがたいのは、ご飯だけじゃなくてね・・・・・
どんな食べ物だって、食べ物をつくるための環境を整えてくれる人、育てる人、収穫する人・・・・・
そして流通して調理加工して販売してくれる人など・・・・
数えきれないほどたくさんの人々のたはらきがってあって、はじめてあなた達の口に入るのよ・・・・ ・
だからどんな食べ物も、感謝していただかなくちゃいけないよね。」
「そして何より、すべての食べ物をはぐくみ、人間に与えてくれるのは・・・・・
この地球の大自然だよね。
だから私たち人間は、地球と自然を、もっともっと大切にしなくちゃいけないよね・・・・・
地球を壊すような戦争や、環境汚染は・・・・・絶対してはいけないし。
そして人類一人一人みんなが、出来るだけ一生懸命、地球環境を大切にする生活をするべきだし・・・・・
今後の科学や企業と、全ての産業に従事する人々は・・・・・地球環境を改善する為の発明と働きに、全力を傾けなくていけないよね。」
息子:「ぼくは将来、地球環境を守る発明をする、科学者になるよ
」
娘:「あたしは、いっしょうけんめいはたらく人みんながえがおになる、 おいしいスイーツをつくる、パティシエになる~ 
」
私:「ふたりとも、将来が楽しみね・・・・・
お母さん、あなたたちには、世の為・人の為・社会の為にはたらいて、たくさんの人に愛される・・・・・ 幸せな人に、なって欲しいの。
そのためには、将来あなたたちが、自分の好きな仕事が出来るよう・・・・・
今から 勉強も運動も遊びも一生懸命がんばって・・・・・
そしてたくさんの経験を通して、人や地球の痛みがわかる人間になれるよう・・・・・努力しようね。」
息子:「うん。わかってるよ
」
娘:「はあい
」
私:「お母さんは、いつでもあなた達のこと・・・・・
ずっとずっと、応援しているからね
」
私:「それから、今はコンクリートで塞がれ、歩道になってしまった「道(=上記画像)」だけれど・・・・・
あの下にはね・・・・・今も用水路が、流れているはずなの。
そしてその用水路はね、お母さんが子供の頃には・・・・・
たくさんの生物が住んでいた、それはそれは素適な、『小川』だったのよ。
息子・娘:「へえ~~、あの歩道の下は、川だったんだ!?
その川には、ザリガニとか、住んでいたの??」
ザリガニは、今もこの辺りの用水路でも、比較的たくさんみかける事が出来ます。 そこで、私と子ども達は毎年、割りばしとタコ糸と網と「さきいか」を持って・・・・・ ザリガニ釣りに出かけます(笑)
釣ったザリガニは、観察して撮影した後、すぐ用水路に返しています。
それにしても・・・・・コンクリートで蓋をされてしまった用水路たちが、今どうなっているのか、気になります。
私:「うん、もちろんザリガニもいたよ・・・・・
でも昔の用水路は、今の用水路のように、コンクリートに囲まれてなくて・・・・・
土に囲まれた、本当の小川でね。シロツメクサやタンポポ、オオイヌノフグリやカラスエンドウやアザミなど・・・・・
いつも、四季折々の花や植物に囲まれていたの。
息子・娘:「タンポポは知ってるけど・・・・・あとは知らないなぁ。」
私:「シロツメクサは、三葉とか四葉の、クローバーの花の事だよ(笑)
オオイヌノフグリは、お母さんの実家のそばに、今も咲いてるよ。
ほら・・・・・こうゆう花だよ。」
息子:「あっ!つくしだ!!」
娘:「このお花、みたことある~~」
私:「ね。見たことあるでしょう・・・・・昔の人はね、こうして生えてる、つくしやタンポポやヨモギを、食べたんだって。」
息子:「えっ? その辺に生えてるやつ??」
私:「そう。その辺に生えてるやつ(笑)
昔は車も走ってなくて、空気もきれいで・・・・・
その辺に生えてる草花や、川の魚やタニシなんかを普通に食べたのよ。
お母さんも、土手に生えてたヨモギでヨモギ団子つくって食べたり、田んぼで捕まえたイナゴを、佃煮にして食べたりしたよ。」
娘:「イナゴって・・・・・バッタ!?」
私:「うん。」
娘:「バッタ食べるの!? おえ~~~」
私:「食料の少ない昔の人には、イナゴは貴重な、タンパク質やカルシウムの元だったんだよ(笑) 」
息子:「へえ~~~。なんかすごいなあ。」
私:「そしてこれが、カラスエンドウね。」
本物のエンドウマメそっくりの花
カラスエンドウの実
これはかなり大物。マッチ棒1本くらいの大きさがありそうです。
娘:「カラスエンドウって、食べられるの!?」
私:「う~ん、お母さんは、食べたことないなあ~~。
おままごとでは、いっぱいお料理したけど(笑)
そうそう、おままごとといえば、やっぱり 『へびいちご』 よ!
・・・・ほらこれね ♪ 」
娘:「あ! これ、学校の街探検の授業で見た!
鴨川の土手に、たくさん生えてたよ~~」
私:「本当? こんど見に行こう
それからこれが、タンポポとアザミね。
お母さん、アザミの花も好きなのよ。」
私:「お母さんがこどもの頃は、インターネットなんかなくて・・・・・
何でも本物か、図鑑か百科事典でしか見られなかったの。
こうして家にいながら、なんでも簡単に見られるのは良いことなんだけど・・・・・
肝心の本物が年々減ってしまっては、元も子もないわね。
こうゆう野の花が、いつまでも咲き続ける・・・・・
そんな自然を、みんなで守っていかなきゃね。」
息子:「それで、川の中には、何がいたの??」
私:「川の中には、メダカやフナやどじょうやナマズとか・・・・・
それはたくさんの生き物たちがいたのよ。
そして時には、大きな鯉や雷魚なんかが居てね・・・・・
カワヒラメとかヌマガレイとか言われる気持ち悪い魚や、カワウナギとかタウナギと呼ばれる、超レアな生き物なんかもいたわね(笑)
息子:「ええーーー!? 見せて見せて~~」
私:「ああ、居た居た。 はい、ヌマガレイ。」
息子:「うおおお~~~! 本当にカレイみたいだあ~~!!
こんなのが、その辺の川にいたの?」
私:「めったに見ない、レア魚だけどね・・・・・
お母さんも、初めて川で見た時は、超ビックリしたよ(笑) 」
「それからこれが、タウナギね。捕まえてる鳥さんは、アオサギだよ・・・・・
これからタウナギ、食べるのかな?」
私:「タウナギも大物になるとね、アオダイショウっていう、ヘビくらいの大きさになってね・・・・・ カワヘビとも呼ばれていたなあ。
それが川の中をす~いすい泳いでく姿は・・・・
それはそれは、不気味だったよ(笑)
お母さんのじいじは、今もどこかのお店で不味いウナギが出てくると・・・・
「なんだこりゃ、川ヘビか!?」って言うのよ(笑)
昔はタウナギもドジョウもメダカも、貴重な食料だったのね。」
息子・娘:「へえ~~~
昔の人は、なんでも食べたんだねえ。」
私:「お母さんは子どもの頃、この川や原っぱが遊び場所でね・・・・・
いつも虫取り網とバケツを抱えて、お兄ちゃんと一緒に、川で色んな生き物を捕まえては、観察して遊んでいたの。
川遊びは、本当に面白かったなあ・・・・・
いつかあなた達を、ホタルがいっぱい住んでいる、田舎の川に連れて行って・・・・・一緒に川遊びがしたいわ。」
息子:「ぼく、川遊び大好き!!
ウナギの掴み取りも大好きだから、タウナギも捕まえてみたいよ!!
それから、キャンプで川魚の掴み取りは色々したけど・・・
雷魚とかヌマガレイとかは、見たことないや。
ホタルの群れも、見たことないから・・・・・
そうゆう所に行って、アブに刺されてもいいから、テントで寝てみたいよ!」
娘:「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
息子は男子なので、ごく幼い頃から、キャンプや雪山に連れだし、非常にワイルドな経験を積ませてきたのですが・・・・・娘には、ほとんどワイルドな経験をさせた事がないので・・・・・非常に警戒している様子です(苦笑)
でも実際に川遊びをさせたら、意外とその面白さにハマるかも・・・・・何事も、経験経験☆と思っていたら・・・・・
娘が急に、こんな事を言い出しました。
娘:「あのね・・・・・わたし、ヘビも虫も、バッタも嫌い。
でもありんこ(蟻)は、大好き。
なんでかっていうと、ずっと前、お母さんのじいじがね・・・・・
私がありんこに囲まれて、怖くて踏みつぶそうとしていたら・・・・
『RUNEちゃん、ありんこさんを踏みつぶさないであげて。ありんこさんにだって、お父さんとお母さんがいるんだよ。そして、ほらごらん・・・・・ありんこさんは、自分の妹や弟たちのために、一生懸命食べ物を、巣に運んでいるところなんだよ・・・・・ありんこさんだって一生懸命生きてるのに、理由もなく踏みつぶしてしまったら、可哀想だよ』って教えてくれたの。
だからわたし、それからありんこさんは、大好きになったんだ
」
私:「そうね。じいじがそうやって、優しく教えてくれたわね・・・・・
でもね、RUNE。家族がいて、一生懸命生きてるのは、ありんこさんだけじゃないのよ・・・・・
ヘビもバッタも、どんな生き物だって・・・・・
みいんな、お父さんとお母さんがいたから、生まれてきたの。
RUNEはこの間、『犬や猫の命もおんなじだよ』って、とっても素適な事を話してくれたよね・・・・・
気味の悪いヘビや虫だって、みんなおんなじ、小さな命なんだよ・・・・・
だから好きになれとは言わないけれど・・・・・
せめて嫌わないであげて欲しいな。
みんな、一生懸命生きている、おんなじ命なのだから。」
娘:「・・・・・・・・・・・・・・・」
返事はありませんでしたが(苦笑)
娘の心には・・・・・きっと何かが、届いたと思っています
私:「それから、田んぼもお母さんの貴重な遊び場所でね(笑)
田んぼには、タニシがいたり、おたまじゃくしがいたり・・・・・
ゲンゴロウやアメンボとか、いろんな生き物がいたんだけど・・・・
・時にはナマズやフナのような、大きな魚が居てね。
どうして田んぼに、そんな大きな魚がいるのか? 不思議で不思議で仕方なくて・・・・
・じいじに聞いてみたら、たぶん用水路から来るのだろうと言われて・・・・・
お兄ちゃんと2人でね、用水路の水が田んぼに噴き出してるところを、
じ~~~っと、何時間も何時間も、観察していたの。
そうしたら本当にね、大きなフナが、「ピューー!!」と、
田んぼに噴き出してきた瞬間を見られてね・・・・・
その姿がとっても可笑しくて可笑しくて・・・・・
お兄ちゃんとふたり、田んぼのあぜ道を、笑い転げてしまったなあ。
タウナギもきっと、川から田んぼにやってくるんだろうね。」
私がこどもの頃とは、随分形態が、変化してしまっていますが・・・・・
私の実家のすぐ前の田んぼで見られる、
田んぼに用水路の水を引き込むための、水栓です。
そして今は田んぼんに水がなく、干上がっていますが・・・・・
これには理由があります。
干上がりひび割れた田んぼ
稲の苗が育ってきた梅雨の前頃、一度こうして、田んぼを干上がらせます。
すると稲は、大地に強く、根を張ろうとするそうです。
頃合いを見計らい、再び用水路の水で田んぼを満たし、梅雨を迎えます。
真夏の間も、この工程を何度か繰り返す、手間暇をかけることによって
稲はより強固に、大地に根を、張り広げるそうです。
すると台風の季節を迎える頃には、強風にも簡単には倒れない・・・・・
強靭な根を持つ稲を、育てる事が出来るそうです。
台風が先か、収穫が先か・・・・・
すべては天候次第ですから、毎年大きな問題です。
時には大型台風の直撃で・・・・・
収穫直前の稲が、全て倒れてしまう悲劇も起こるそうです。
ですから、田んぼの水抜きなども、
少しでも多くの稲を活かしたい、お百姓さん達が・・・・・
長い経験の中から編み出した・・・・・
素晴らしき 『先人の智慧』 なのだと思います。
私はこうゆう事を、すべて両親から教わりました。
野の花も名前も、川や野原に生きる、たくさんの生物たちの名前も
そんな小さな生き物たちにも、
両親がいて、家族がいて、生活があって・・・・・
みんな、一生懸命、生きている事も
両親は私に、ほんとうにたくさんの、
自然の知識や、先人達の智慧を、伝えてくれました。
今も両親と一緒に居ると、教えられることばかりです。
ですから私にとって、両親と過ごす時間は、
本当に宝物のような、永遠の瞬間であり・・・・・
本当に大切にしたい・・・・・神様からの、プレゼントです。
両親が私に伝えてくれた、たくさんの、自然の知識や、先人達の智慧・・・・・
それらを我が子に伝え、未来に繋いでゆく事は・・・・・
私の義務であり、大きな喜びであり、
私がこの世に生まれた意味、生きている証・・・・・とも言えます。
これからも、我が子だけではなく、未来を担う多くの子ども達に、
先人の智慧や叡智を伝え
自然に対する畏怖と感謝と、小さな命を愛する心をはぐくみ・・・・・
未来に繋いで生きたいと、思っています 
私:「そしてね、お母さんの大好きだったその川は・・・・・
地域の道路の舗装化や、下水と用水路の整備など・・・・・
街の近代化計画の御蔭で、コンクリートで固められてしまうことになったの。
自転車でしょっちゅうすっ転んでケガした、でこぼこの砂利道が舗装され、平らになる事とか・・・・
雨が降るたび、ドロドロの水溜まりになってしまう小道が、舗装されて綺麗になるのは良い事のような気もしたし、
おうちの、臭いぼっとん便所(笑・ごめんなさい)が、綺麗な水洗トイレになるらしいのは、とても嬉しかったけど・・・
やっぱり、四季折々の花であふれる小路や小川がなくなってしまうのは、とても悲しかったなあ・・・・・
息子:「便利さをとれば、自然がなくなってしまう・・・・・
昔から、難しい問題だったんだね。」
私:「うん。そして、ついに川をコンクリート化する日が決まってね・・・・・
ある時、川の生物の命を惜しむ近所の人たちが、総出で川をさらってね・・・・・
たくさんの命をすくいあげ、近所の川や田んぼに、放してあげたの。
そして小川の底をさらいながら、大人たちはね・・・・・
「きっと 『小川の主(ヌシ)』 が出てくるだろうから・・・・・
みんなで丁重に弔おう」 と話していたのよ。
そうしたら小川の橋の、底の底から、本当に50cmは超すだろうという、とても大きな鯉やナマズが上がってね。
みんな口々に、
「ごめんなさい」「すまんなあ」「恨まんでなあ」と言いながら・・・・・
小川のヌシ達に、手を合わせて拝んだのよ。
そしてみんなで小川のヌシ達を、近所の川魚料理屋さんに運び・・・・・
丁重なお弔いと料理を頼んで、鯉はアライや味噌汁に、ナマズは唐揚げに調理してもらって・・・・・
近所のみんなにふるまったの。
そして今まで、田んぼと川を、見守り続けてくれた、『小川の主』達に感謝しながら・・・・・
みんなで食べさせて頂いた、あの日の事を・・・・・
お母さんは、きっと一生、忘れられないなあ。」
私:「やがて小川は、こんな風にコンクリで固められてね・・・・・
綺麗な用水路に整備されてしまったの。
そしてその年から、ホタルがパタリといなくなってしまってね・・・・・
ホタルの幼虫が、あの小川に育てられていたことを知ったの。
本当に悲しかったなあ。」
ホタルがいなくなってしまい、とても悲しかったけど・・・・・
イナゴやトンボやシラサギたちは、まだまだいたの。
でも【空中農薬散布】と言って、ヘリコプターから農薬を撒く事が始まったらね・・・・・
そうゆう虫も鳥たちも、ほとんどいなくなってしまったのよ。
近年、農薬の健康被害が取りざたされるようになってから、さすがに空中農薬散布はやめてもらえたけど・・・・・
あの白い粉は、お母さんも、本当に苦しかったわ・・・・・
もう絶対に、2度として欲しくないわね。」
子ども達と、こんな話をしていると・・・・・
いつもあっという間に、時が過ぎてしまいます(笑)
子ども達が、話の続きを聞きたがるのを、
またねと制して家事を再開したり・・・・・
寝かしつけたりする事も・・・・多い日常です(笑)
本当に、子ども達には、
伝えたい事、教えたい事、話したい事が、山の様にあります・・・・・
これからもこうして、子ども達との日常生活や、日常会話の中で、
自然の豊かで美しい姿、畏怖すべき姿を伝え、
私たち人間が、地球や太陽や月や自然・・・・・世界のすべてから、
からどれほどの恩恵を受け、生かされているかを教え、
時には、本物の大自然とふれあい、
その畏れと喜びと楽しみを、分かち合いながら・・・・・
地球の未来について、真剣に考えて生きたい
すべての命を愛することについて、伴に学んで生きたい・・・・・
そんなふうに、思っています。
そうやって、自然の大切さを、子ども達に伝えてゆくことが・・・・・
自然環境を守るための
生活、消費、産業、企業をアタリマエに選択してゆく
健全な大人を育成することとなり・・・・・
健全な大人達は、やがて健全な社会を創造してゆくでしょう
子どもの頃、家族と一緒に見た、ホタルで輝く美しい田んぼ・・・・
そんな光景を、我が子達にも、見せてあげたい。
そうゆう親心が、その想いが・・・・・
子ども達のため、孫達のため、次世代、未来のために・・・・・
また日本のあちこちで、ホタルが見られるような、
美しい自然を再生しようという、
情熱となり、エネルギーとなってゆくことでしょう
だから私達が、
祖父母達や両親達から、伝えられた想いを、
次世代に大切に伝え・・・・・
そして私達の時代の人間が、
文明と引き換えに、地球を自然を破壊して、
目隠しをしながら、自滅への道をひた走ってきた、
愚か者であった事を、
正直に伝える、勇気と強さをもち・・・・・
そうやって、多くのあやまちから学んできた、
たくさんの先人達の、偉大な智慧と叡智の結晶を、
次世代にあますことなく継承し・・・・・
代々の人々が、その結晶を・・・・・
いのちのともしびを、決して絶やすことなく
この碧く美しい星を護りながら、幸せな未来を生きて欲しいと
そう願わずに、いられません・・・・・
ホタルの想い出の、続きの前に・・・・・今日の娘の、一言。
今日の夕方、バレエのおけいこが終わった娘を、自家用車でお迎えに行った帰り道・・・・・
私たちの車の対向車の前に、とつぜん白い猫ちゃんが、飛び出してきました。
「ああっ!!危ない!!!」
私たちの心臓も、とまりそうでしたが・・・・・
白い猫ちゃんは、なんとか対向車に轢かれず・・・・・素早く通り過ぎてゆきました 。
「ふう~~~。よかったああ~~。」
安心したのも束の間・・・・・娘が、少し強い口調で、私に問いただしてきました。
娘:「人間を、車で轢いてしまった人って・・・・・刑務所に入るんだよね?」
私:「うん・・・・・もし相手が死んでしまった場合、そうなる事が多いね。」
娘:「じゃあ、猫ちゃんを轢いて死なせてしまった人も・・・・・刑務所に入るの?」
私:「・・・・・動物を轢いて死なせてしまっても、刑務所に入る事はないね。」
娘:「同じ命なのに、どうして?」
私:「同じ命なのに・・・・・どうしてだろうね。」
すると娘は、急に怒ったような口調になって、言いました。
娘:「この世界の人たちは、お金とかを大切にするくせに・・・・・・・小さな命を、大切にしない。」
「動物だって、小さくたって、同じ命なのに・・・・・どうして大切にしないの?」
「たとえば、お父さんやお母さんや、自分の大切な人が、津波に飲み込まれそうになってごらんよ・・・・・
そうしたら、どんな札束をもってる人だって、きっとお金を放り投げて・・・・・
大切な人を、助けようとするに、決まってる。」
「もしこの世界に自分ひとりきりだったら・・・・・大切な人がいなかったら・・・・・
お金なんか、どんなにたくさん持ってたって、なんの意味もないのにね。」
「そうゆう大切な人の命だって、犬や猫の小さな命だって、おんなじ命なのに・・・・・」
「それがわからない、この世界の人たちは・・・・・本当に変だよ!!」
「だから私は、動物を轢いた人も、刑務所に入れるべきだって・・・・・総理大臣に、言ってやりたい。」
「小さな命を、粗末にしないでと・・・・・そう言ってやりたいよ!!」
そう言って、小さな口を堅く結び・・・・・
強いまなざしで、車から流れる景色を見ている娘が・・・・・
私はとても頼もしく、愛おしく感じました・・・・・
「どんな小さな命だって、おんなじ命。」
貴女の今のその気持ちを・・・・・どうか大人になっても、忘れずにいてね・・・・・
そうしたら、貴女たちの未来は・・・・・きっと大きく、開けるはずだから


私が産まれ育った家は、見渡す限り、関東平野の田んぼに囲まれた・・・
野中の一軒家です。
そんな実家近辺では、毎年昭和の日(4月29日)頃になると、田んぼに水を張り、田植えが始まります。
すると、田んぼに水が張られた、その晩から、
げこげこげこげこげこげこげこげこ・・・・・という、
カエルの大合唱が始まります

昨日まで、あんなにひび割れていた田んぼの、いったいどこに?
そんなにたくさんのカエルが、隠れていたの~~??
と感心するほど・・・・・ 一斉に、鳴き始めます。
(みんな土中深くに隠れてるのでしょうね~)
それからは毎晩・・・・・ものすごい大合唱が続きます☆





☆ このカエルの大合唱は、私が子どもの頃から今も変わらない・・・・・
数少ない、夏の風物詩の一つです。
聴き慣れない人には、耐え難い騒音と思いますが(笑)
聴き慣れた人には、心懐かしくなる、素晴らしき、子守歌なのです
それから、私が子どもの頃は、毎年夏になると・・・・・
目の前の田んぼが、ホタルでいっぱい
になりました。 カエルの大合唱
と、ホタルの光
そして網戸には、カミキリ虫やクワガタ虫・・・・・時々カブト虫も、飛んできました。
私はこのホタルには、とても忘れ難い、懐かしい想い出があり・・・・・
今日はそのお話など、書かせて頂きたいと思います。
古来日本には、畳と布団という、素晴らしい文化がありますね。
幼いお子さんの居るご家庭では、今も御家族で、「布団に川の字」に眠る習慣が残って居るのでは・・・と思います
(我が家も、数年前までは、そうでした・笑)
私が子どもの頃は、私の実家でも・・・・・もれなく8畳の部屋に布団を敷きつめ、家族全員で眠る習慣でした。
今と違うのは、当時は夏になると・・・・・その布団の上に、『蚊帳(かや)』 というものを、吊るした事でしょうか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%9A%8A%E5%B8%B3
蚊帳(かや)とは、蚊などの害虫から身を守り、安眠するための道具です。
エアコンや扇風機等の空調設備が整い、窓を開け放し眠る機会が減り、
殺虫剤や防虫剤など普及するに従い、その姿を消しつつありますが、
近年エコロジーの観点から、見直されつつあるようです。
ある夏の日の夕方、当時5歳だった私と、8歳の兄と2人で・・・・・虫かごの中に、山ほどたくさんのホタルを、捕まえてきました。
そして夜眠る時、そのホタルをぜんぶ・・・・・蚊帳の中に放ったのです

兄と私は、蚊帳の中で、その幻想的な光を見つめながら・・・・・
(当時1歳だった弟も、不思議そうに見ていたような記憶があります。)
色々な話をしながら、仲良く並んで眠りについた想い出は・・・・・
一生の宝物です。
しかしこの蚊帳ホタルは、両親にはすこぶる不評で・・・・・
母からは、「朝、蚊帳を畳む時、ホタルを逃がすのが、ものすごく大変だった。」と小言を言われ、
父からは、「もともと寿命の短いホタルの寿命を、さらに縮めてしまうし、繁殖に影響するといけないから、たびたびはしないように。」と、釘を刺されてしまいました。
ですから、蚊帳ホタルは、その後もう二度と、しませんでしたが・・・・・
あの夜の光景は、今も胸に焼き付いています
それから、その年の夏の終わり頃・・・・・父の父(私の祖父)が、病気で入院しました。
私の祖父母は、4人のうち3人が、私が誕生する前に、既にこの世を去っていて・・・・・
私にとっては、たった一人だけ・・・・・この世で出逢えた、大切な、大好きなおじいちゃんでした。
その大好きなおじいちゃんが、手術して入院していると聞いた兄と私は・・・・・
今度は水槽型の虫かごの中に、田んぼの土と水と稲を入れて、ミニ田んぼをつくり、
その中に、また山ほどたくさんのホタルを捕まえて
夕方おじいちゃんの病室に、母と一緒に、お見舞いに行きました。
消毒と、薬の臭いが充満した、病室のベッドの上で・・・・・
虫かごの中で光る、たくさんのホタルを見たおじいちゃんは、とても喜び・・・・・
私と兄の頭を、何回も何回も、撫ぜてくれたように、記憶しています。
そしてその年の冬・・・・・大好きだったおじいちゃんは、天国に旅立ってしまいました。
柩の中に眠るおじいちゃんの、顔のすぐそばに、白くて大きな菊の花を入れてあげた時・・・・・
消毒臭い病室の中で、ホタルを見て嬉しそうに目を細めた、おじいちゃんの笑顔を想い出しました。
そして、お葬式が終わったあと・・・・・私と2人きりの時、父がぽつりと
「お父さん、お母さんもお父さんも、とうとういなくなっちゃった・・・・・ひとりきりになっちゃって、かなしいなあ。」と言ったのを聞いて
「あたしはずっとお父さんのそばにいるよ!だからだいじょうぶ・・・・・おとうさんは、ひとりなんかじゃないよ!!」と
心の中でそう叫び、父に抱きついて泣いた事を・・・・・昨日の事のように、憶えています。
私は夏になると、このホタルの想い出話を・・・・・2人の子ども達に、よく話して聴かせます。
「あなた達にも、漆黒の田んぼの中で、うつくしく輝くホタルの光を・・・・・いつかきっと、見せてあげたいな。」
「生涯に一度は・・・・・蚊帳ホタルも、悪くないよね??(笑) 」
「満天の星空に、ホタルの光を探して・・・・・いつ家族で、山奥にキャンプに行きたいね
」 そんな夢を話すと、子ども達は、とても喜びながら・・・「でもどうしてホタルがいなくなってしまったの?」と、尋ねてきます。
そんな時私は、<用水路の整備>と<農薬散布>が始まってから、地元のホタルが居なくなってしまった事・・・・・ その事実を、率直に話します。
子ども達から、「用水路の整備って、なに? 農薬散布って、なに?」と聞かれれば・・・・・さらに話が広がります。
次回は、この用水路の整備と、農薬散布の想い出について、書かせて頂きたいと思います。
俺が、世界中で、一番おっかないのは・・・・・
うちのおふくろさんだね。
(俺が、世界中で、一番こわいのは、自分の母親だね。)
幽霊も、かあちゃんも、おっかないけど・・・・・
やっぱりおふくろさんが、一番おっかないよね。
(幽霊も、奥さんも、こわいけど・・・・やっぱり自分の母親が、一番こわいよね。)
上記は、ビートたけしさんの、セリフです。
随分前になりますが・・・・・たけしさんが、テレビでこう言って笑っていた姿が・・・・・とても印象に残っています 。
私は、ビートたけしさんのこのセリフが、大好きです
実は私自身の母親も、相当おっかいない、おふくろさんです。
私の母のおっかなさについては・・・・・おいおい書いてゆこうと思いますが(苦笑)
でも私は、そんなおっかない母親が・・・・・やっぱり、いまでも大好きです。
私は、もの心ついた、4~5歳の頃から・・・・・
「人は何のために、生まれてくるのだろう?」
「自分は何のために、産まれてきたのだろう?」
「一人の人の小さな行いに、なぜ世界の未来を変える力があるのだろう?」
「どうして人は死に、なぜ人によって、寿命が違うのだろう?」
・・・・・そんな事ばかり考えている、少し変わった?子どもでした(笑)
自分の母親のことも、とても冷静に観察していた部分があり・・・・・
母が、子どもに対して、躾のために『叱る』時と、
母自身、感情が抑えられず、『怒る』 時と・・・・・
その区別を、とても明確に理解していました。
そして、母自身の感情で、理不尽に怒られるのが、とても嫌だった私は・・・・・
『私は、お母さんのような母親には、絶対に、成らない。』
自分の母親を、真正面から睨みつけ、そう宣言した幼き日の事を・・・・・昨日の事のように、覚えています(笑)
私のこの宣言は、母もよく覚えているようであり・・・・・
「あんたは、私のような母親には、成らないんでしょうから。」
今でも、時々ちくりと・・・・・そう言われることがあります(苦笑)
私が、「お母さんのような母親には、絶対に、成らない。」と宣言したのは、
当時私の母親は、躾のためには、体罰が絶対必要、という考えだったからです。
私が幼い頃は、母の姉が、子ども(私の従兄弟)と一緒に、夏休みのたび・・・・・我が家に泊りがけで、遊びにきました。
そして母の姉は、私の母が子どもに体罰するのを目撃するたび、
「どうしてぶつの? ぶたなくても、言えばわかるでしょう。」と、母を諌めてくれました。
しかしそんな姉に対し、私の母は、
「子どもなんて、犬畜生と同じ。何度言ってもわからないから、ぶって身体に教え込むしかないのよ。」
そう反論するのでした。
今にして思えば、その頃の母は・・・・・重症の育児ノイローゼを、患っていたように思います。
私の出産時、医療ミスで後産を失敗された母は・・・・・とても病弱になってしまったそうです。
その病弱な体に子を授かり・・・・・通院や入退院を繰り返し、やっと産まれた弟は・・・・・やはりとても病弱でした。
その病弱な弟が、通院や入院や手術を繰り返すたび・・・・・母は、更に心身を病んでいったのかもしれません。
この件については、また別の機会に、書かせて頂きたいと思います。(06-07/23:14追記)
そんな私の母は・・・・・母自身が子供の頃、自分の父親から、頬に特大の平手打ちをくらい・・・・・それ以来、ビンタされた方の耳が、聴こえなくなってしまったそうです。
しかし母は、「ビンタされたのは、自分が悪かったから。耳が聴こえなくなったのも、自分のせい。」と言い・・・・・私は母の口から、自分の父親を恨むような事は、一度も聞いたことがありません。
私は、自分の非を受け入れ、父親の暴力を、恨まずに生きてきた母は・・・・・とても立派だと思います。
しかし、父親の暴力を正当化し、暴力は躾だと信じ・・・・・我が子にも、体罰を課してきた母の行為は、私には認められませんでした。
ですから私は、「自分の子どもには、絶対に体罰をすまい。」と、幼き心に、そう固く誓い・・・・・
「私は、お母さんのような母親には、絶対に、成らない。」と、宣言したのでした。
しかし私の母は・・・・・子ども達を叱る時、体罰をしながらも、たびたびこう言ってくれました。
「あんた達を叱るのは、あんた達が憎いからじゃない。可愛いから、叱るんだ。
もし余所様の子が、同じ事したって・・・・・私は叱らない。 余所様の子は、余所様の親が、叱ればいい。
私は、あんた達に、立派な大人になってほしいから・・・・・例えに憎まれてでも、厳しく叱る。それが、母親の役割だと思うから。」
私は、母のこの言葉に感動した、幼き日のことを・・・・・今も忘れる事が、出来ません。
ですから私は、母の体罰は認めませんし、余所様の子は叱らないという方針も、どうかと思いますが・・・・・母が我が子を、厳しく叱ってくれた事自体は、とてもありがたく思い・・・・・そんな母を、今も敬愛しています。
そのような経緯があり・・・・・私は自分の子どもが誕生した時、「私は、決して体罰はしない。だけど、駄目な事は駄目と、厳しくも優しい声で子どもに諭す・・・・・そんな母親に成りたい。」と、そう心に誓いました。
その誓い通り・・・・・私は、初めての子である長男には、我ながら非常に根気よく躾をし・・・・・体罰や、声を荒げて怒鳴りつけるような叱り方は、ほとんどしませんでした。
御蔭様で、長男は、「どうやって育てたら、こんなに穏やかで優しい子が育つの?」と、複数のママ友達に尋ねられるほど・・・・・とても穏やかな、優しい子に育ちました。
そんな自慢の長男でしたが・・・・・引っ越しをきっかけに、小学4年生から転入した、新しい小学校で、【いじめ】に合うようになり・・・・・【いじめ】について、親子で様々な対応を、考えさせられるようになりました。
この【いじめ】の経験については・・・・・いずれまた、詳しく記事に出来たら良いなと、思っています。
そして長男が5年生になった時、初めて・・・・・「男性の先生」に、担任をして頂くことになりました。
それまで長男の担任は、全て女性の先生でしたので・・・・・男性担任M先生の、視点や意見はとても新鮮で・・・・・たくさんの参考になる意見を、頂戴する事が出来ました。
そのM先生から伺った意見の中で、最も私の印象に残っているのは・・・・・
「お母さん、息子さんに、厳しさを教えてあげて下さい。」という言葉でした。
それまで私は、ママ友たちからも、「MYUさんが、声を荒げて子どもを叱りつけてる姿は、全く想像出来ないわ。」とたびたび言われる通り・・・・・極力、体罰や怒声を用いない、子育てを心がけてきました。
しかし5年生1学期の、6月上旬に行われた個人面談で、男性担任M先生に言われた、上記の言葉は・・・・・私の心に、とても深く響きわたるものでした・・・・・
個人面談で、ひと通りの話が済んだ後、M先生は・・・・・5年生のクラスでも、息子に対する陰湿な【いじめ】があることを、率直に教えて下さいました。
私は、その【いじめ】は、息子が転校してきた4年生の時から、ずっと継続している事・・・・・しかしこれも、『学び』の良い機会と思い・・・・・親子で様々に話し合っている事などを、伝えました。
するとM先生は、「長年教師をしておりますと・・・・・子どもさんを見れば、親御さんの姿が想像出来るといいますか・・・・・どんな叱り方で、どんな躾をされてきたのか・・・・・だいたい、予想がつくんですね。」
「今日、お母さんにお会いしてお話を伺って、やっぱりと思ったんですが・・・・・息子さんは、本当に穏やかで優しくて、今時めずらしいくらい純粋で・・・・・私は、息子さんが大好きなんです。」
「ですから、私のクラスにいる間は、私が全力で、息子さんを、【いじめ】から、護ります。」
「しかし、お母さん・・・・・中学に行ったら、もっと厳しいですよ・・・・・ですから、今のうちから息子さんに、是非、『厳しさ』 を、教えてあげてほしいんです。」
「いま日本では、年間の自殺者が、3万人と言われています・・・・・お母さん、どうかこの事実を忘れず、心を鬼にして・・・・・息子さんに、『厳しさ』 を教えてあげて下さい。」
「年間の自殺者が3万人」という、M先生の言葉は・・・・・それまでの私の考えを、根底から覆すほど・・・・・とても衝撃的なものでした。
「確かに、そうかもしれない・・・・・」 私は、様々に考えをめぐらせ・・・・・これまでの育児方針を、変更せざるを得ないと・・・・・そうゆう結論に、至りました。
少し話が脱線しますが・・・・・基本的に、私自身は、怖いもの知らずです。
というのも、私自身が中学生の時、母校がひどく荒廃し・・・・・スクールウォーズ(ドラマ)も、真っ青な状態でした。
授業中の廊下を、パラリラパラリラと、バイクが走り回り・・・・・包丁を持った学生が、校内をうろつき・・・・・
窓ガラスが、一枚残らず割られた旧校舎は・・・・・放火によって、跡形もなく焼失してしまいました。
そして、私の教科担任だった女性教師や、小学校の頃からの友達は・・・・・決して許されない暴力を受け・・・・・人知れず、学校から去って行きました。
そうやって、学校を荒廃に追い込んだ、不良学生たちの多くは・・・・・小学時代を共に過ごした、私の友人たちでした。
彼ら彼女らの暴力は、決して許せませんでしたが・・・・・そんな彼ら彼女たちでも、サシで話をすれば・・・・・昔と変わらない、人懐こい笑顔を見せるのです。
そして、とても友情に篤く、律儀で優しい一面も見せ・・・・・暴力をふるい、学校を荒廃に追い込んだ彼ら彼女らと、友情に篤く、律儀で優しい彼ら彼女ら・・・・・一体どちらが本物なのか、混乱するほどでした。
しかし、彼ら彼女らに、共通しているのは・・・・・「常に、当たり所のない、怒り」を持っている事でした。
この件に関しては、また改めて書かせて頂きたいと思いますが・・・・・
とにかく、このような経験もあり・・・・・私には、本物ヤクザになった友人や、組長の奥さんになった友人など、色々な友人があります・・・・・ですから息子にも、いじめっこが、悪い人とは限らない事等々・・・・・常々、話してきかせています。
私が知る限り、ツッパリやいじめっことは・・・・・基本的に淋しがり屋なのです。
ですから、子ども達には、ツッパリやいじめっこ達とも、心を開いて仲良くする事を、いつも教えています。
万引きしてるいじめっこを目撃したら、「そんな事したら、君の将来に、傷がつくからダメだよ」、と諭してあげるべきだし、
感情がコントロールできなくなってしまったツッパリと居合わせたら、ちょっとボケて笑いを誘ってみたり、冷たいジュースを差し入れたり・・・・・少しでも、リラックスさせてあげたいと、そう思う「優しさ」が大切で・・・・・例えその時、感情の高ぶりのあまり拒否されたとしても・・・・・必ず後で、何かしら、伝わっているものです。
どんな悪ぶってる人間にも・・・・・感情がある限り、必ず良心があります。
ですから、すべての人に、すべての人の良心を信じ、大切にしてほしいと・・・・・常にそう願っている事を、子ども達にも、度々話して聞かせています。
また私が育児方針として、最も大切にしている事は、
子ども自身に、『 自分自身で、生きる力 』 を、身につけさせることです。
親は、順番として、先に死にゆく存在であり・・・・・いつまでも、子どもを庇護してあげる事は、出来ません。
ですから、いつ親である自分が先立っても、あの世から後悔しないような・・・・・そんな育児を、心がけています。
その中でも、最も大切にしていることは・・・・・
『世の為、人の為、自然の為・・・・・他の為に働く事に喜びと生き甲斐を感じ・・・・・結果他に喜ばれ、信頼され愛される、真の幸せを知る人になってほしい』 ということです。
ですから我が子達には、『世の為=社会の為』 『人の為=人類の為』 『自然の為=地球環境保全の為』 に、働く大人になってもらえれば・・・・・どんな学歴でも、どんな職業に就いてもらっても、結構。あとは、本人の希望次第・・・・・と思っています。
しかし、どんな職業に就いても・・・・・やはり他に喜ばれ、信頼され、愛されるという人間関係無くては・・・・・真の幸せを感じる事は、とても困難と思います。
ですから、どんな人とも・・・・・「対等に話合う事」が、出来るように・・・・・私自身が、子ども達にとって、世界で一番おっかない、おふくろさんとなり・・・・・子ども達の対人能力を、鍛えてあげよう・・・・・M先生のお話の御蔭で、そんなふうに、思うようになりました。
いま私自身が、職場で働いていても・・・・・ちょっとした手違いを、ミスと勘違いし、威圧的に叱責してくる人・・・・・また、お互いの意見の相違を、威圧的な態度で、一方的に押し切ろうとする人・・・・・そうゆう人は、社内にも、お客様にも、いくらでも居るものです。
その時、相手の威圧的な態度にびびって、自分の意見をちゃんと言えないようでは・・・・・ますます問題が広がり、誤解が深まり・・・・・ちょっとした手違いや、意見の相違が・・・・・後々まで引きずるような、大きなトラブルとなってしまう事も、少なくないのです。
私の母は、子ども達が大人になってからは、さすがに体罰をする事はありませんが(笑)
ちょっとした意見の相違のたび・・・・・非常に威圧的・感情的に叱責してくる事が、ままあります。
私自身は、自分の母親を始め、威圧的・感情的な態度をとってくる人にも・・・・・なるべく自分自身の本心・本意を、うまく伝えられる様、色々と努力しているつもりなのですが・・・・・
息子には、そうゆう人・・・・・他人に威圧的・感情的な態度をとる人に、ならないでほしいと思うあまり・・・・・優しく接し過ぎてしまった自分に、気が付きました。
私の願い通り、穏やかに、優しく育ってくれている息子ですが・・・・・
ひとたび社会に出れば・・・・・他人に威圧的・感情的に接してくる人が・・・・・まだまだゴマンといるのが、社会の現実なのです。
このままでは、優しすぎる息子は、もしかしたらそんな社会に対応出来ず・・・・自分の言いたい事も言えず、人間関係に悩まされ、働くことの出来ない、可哀想な大人になってしまうかもしれない・・・・・そして最悪は、年間3万人の自殺者の中に、含まれてしまうかもしれない・・・・・
M先生は、きっとそれを心配して、「息子さんのため、心を鬼にして、厳しくしてあげて下さい。」と、そう教えて下さったのだろう・・・・・と、とてもありがたく思いました。
それ以来私には、『おっかない、おふくろさんモード』スイッチが装備され☆
スイッチ一発で、ヤンキーかあちゃんも真っ青の、おっかないおふくろさんに、変身するようになりました(笑)
前出した通り、ツッパリの言動は、よく知っていますし、
学生時代は、演技に憧れ・・・・・スケ番刑事(ふるっ!)のアフレコなんかも、お手の物(大笑)でしたので、
時々、おっかないおふくろさんに変身して・・・・・子ども達の様子を伺いながら、ビシバシと鍛えています☆
5月29日、「社会のルール」記事にも・・・・・娘を、威圧的に叱責した事を、書かせて頂きましたが、
そんな私の威圧的な叱責にも負けず・・・・・自分の意見を伝えようと、がんばった娘の成長を・・・・・本当に、嬉しく愛おしく、思っています
実際娘は、昨年1年生の時・・・・・学内で3本の指に入ると言われる、厳しい指導をして下さる先生に当たり・・・・・
先生の厳しさのあまり、登校拒否をする子どもさんまで、居たくらいなのですが・・・・・
娘本人は、「担任の先生?? まあ厳しいことは厳しいけど・・・・・うちのお母さんほど、怖くはないよ☆」 と笑って言ってくれた事を・・・・・私は今も、とても誇りに思っています
子ども達を、世界で一番愛しているから・・・・・
子ども達にとって、世界中で一番おっかない、おふくろさんに成りたい・・・・・
子ども達が、将来どんな <曲者・難物> に、出逢ったとしても・・・・・
「うちのおふくろさんの方が、よっぽど怖かったよ」 と、
そう笑って言えるような・・・・・そんな母親に成りたい。
でも子ども達が親になる頃には、そんなおっかない、おふくろさんが居なくても・・・・・大丈夫な世の中になっていて欲しい・・・・・
深き愛情と、深き厳しさを、共存させる事。そしてそれを、子ども達に伝えてゆく事・・・・・今の私にとって、とても大切な、課題です。
5月29日に書いた記事、「社会のルール」。
その中で、私には、『おっかない、おふくろさんモード』 のスイッチがあることを、書きました。
このスイッチについて、ぜひ詳しく書かせて頂きたいと思い、記事を書いているうち・・・・・
話がどんどん広がってしまい、いつのまにか、複数の記事の草案(下書き)が出来ていました。
(FC2ブログは、記事の下書きが出来るので、とっても便利です♪)
昨日朝はこの、『おっかない、おふくろさんモード』スイッチの、関連記事として、 ビートたけしさんの、「たけしくん、ハイ!」というドラマについて、 出勤前のわずかな時間に、草案メモ(下書き)を書いていたのですが・・・・・
出勤時間が迫り、慌てて下書き保存をして出かけた所、 なんと保存方法の手違いで、全公開されてしまったようでした^^;
帰宅途中に気が付き・・・・・慌てて下書き保存し直しましたが~(笑)
運悪く? 下書き途中の、見苦しい記事をご覧になられた皆様には、 心よりお詫び申し上げます。 大変、失礼致しました。
もう少ししたら、ちゃんとした記事として、アップ致しますので・・・・・
どうぞよろしくお願い致します。
さて、話は変わりますが・・・・・
先週末の土日に、NHKスペシャル、『~未解決事件~<オウム真理教>』 というドキュメンタリードラマが、放映されたようです。
夫がその番組を録画していました。
私の夫は、平素仕事がとても忙しく、ほとんど毎晩、終電で帰宅します。
よって平日の深夜、夫が会社から帰宅した25時過ぎ、
「録画した番組を、一緒に見よう~」と、誘ってくれるのですが、
一日の最後の仕事(夫に夕食を出す)を終えてクタクタの私は、嬉しいやら困るやら・・・・・
「そうね~~」と生返事をすると、夫は怒るし(苦笑)
この件は、本当に困った問題です。
我が家の困った問題については、今後おいおい書かせて頂くとして、
このNHKスペシャル、『~未解決事件~<オウム真理教>』 というドキュメンタリードラマは、大変興味深い内容です。
番組サイトを検索したところ、再放送の予定がありましたので、ご紹介致します。
![]()
特別手配犯のひとり平田信が逮捕され、
再び注目を集めるオウム真理教一連の事件。
世界初の化学兵器・サリンによるテロを許してしまったその背景に迫る。
日本中に大きな衝撃を与えながらも「迷宮」入りしてしまった数々の未解決事件。戦後のエポックとなりながら、いまなお真相は未解明のまま、時代の病理となった難事件。
NHKスペシャル「未解決事件」は、日本中に大きな衝撃を与え、今も生々しい記憶を残す「未解決事件」を実録ドラマとドキュメンタリーで徹底検証し、未来へのカギを探るシリーズ。
大きな反響を得た「File01グリコ・森永事件」の放送後、NHKにある要望が届いた。
「オウム真理教の事件を取り上げてほしい」。
地下鉄サリン事件の遺族からだった…。
1995年3月20日、首都直下で起きた世界初の化学兵器・サリンによる無差別殺人。通勤ラッシュの時間帯を狙った犯行は、6000人を超す死傷者を出した。実行犯として逮捕されたのは「オウム真理教」の幹部たち。医者や科学者といったエリートたちによる犯罪に、社会に大きな衝撃が走った。
事件を首謀したのは「オウム真理教」の教祖だった麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚。松本死刑囚は事件の2か月後に逮捕され、坂本弁護士一家殺害など13の事件で殺人や殺人未遂の首謀者として死刑が確定した。一連の事件に関する裁判は16年にも及び、1つの組織としては戦後最多の13人が死刑を言い渡されたが、多くの謎や課題が残されたままとなった。
今年明け、特別手配中の1人、平田信元幹部が出頭し、事件は再び注目を集めている。
番組では、NHKが独自に入手した教団内部の700本を超す音声テープと元幹部たちの証言をもとに、教団の暴走への軌跡を初めてドラマ化。さらに死刑判決を受けた元幹部との手紙のやりとりや、警察関係者への徹底取材によるドキュメンタリーで、世界初の化学テロ「サリン事件」がなぜ起きたのか明らかにする。
国内外から今なお注目を集め続けるオウム真理教の事件。
その「闇」に光を当て、後世への教訓を導きたい。
転載元『NHK公式サイト』はこちら→ http://www.nhk.or.jp/mikaiketsu/file002/
第一部の再放送は、残念ながら、今朝がた未明に、もう終了してしまったようです。 しかし番組の反響具合によっては、今後NHKBSなどでも、再放送の予定が企画されるのではないかと思います。
このドキュメンタリードラマは、実は私もちゃんと見ていないのですが・・・・・録画を見ていた夫との会話が、我ながら面白い展開となったので(笑)
メモとして記事にしておきます。
夫:「あのさあ、この番組・・・・・ちょっと問題だよなあ。」
家事をしていた私:「・・・・・へ?? ああ、オウム事件には、色々な問題があるよね。」
夫:「そうじゃなくてさあ・・・・・ああ、片手間に時々みても、意味不明だろうから・・・・・内容は別にいいんだけど。」
私の内心:(一緒にみない事を、また拗ねてるのかしら・・・・・私だって、のんびりテレビを見る時間が欲しいけど・・・・・家事とかやるべき事が山積で、とてもそんな時間がとれないだけなのに
)
夫:「いや、問題なのは、この番組の中で紹介されてる、麻原本人の音声テープだよ。」
「元教団信者の幹部か誰かが、麻原と教団幹部の会話を、ず~~~っと録音していたらしいんだけど・・・・・」
「<○○は、ポアしちゃえばいいよ。>とか、<組織ごと(警視庁ごと)消しちゃえばいいんだよ。>とか・・・・・麻原本人と幹部達の、そうゆう会話がボロボロ入ってるんだぜ・・・・・」
「で、このテープは、NHKが独自に入手したとかで・・・・・警察は、このテープの存在を知らないっていうんだから・・・・・それって大問題だよなあ。」
私:「えええええーーーー

それって、ホントのホントに、本人達の会話テープなの??」
夫:「それはまだ、わからないけど・・・・・それこそ、声紋鑑定して、同一人物達と科学的に実証されてしまったら・・・・・これまでの裁判の意味が、なくなるよなあ。」
私:「そうだよね・・・・・ホントに大事(おおごと)だよね・・・・・ところでそんなテープ、一体誰が持ってたの? いつ発見されたの? もう警察には、提供されたのかな?」
夫:「誰が持ってたとかじゃなくて・・・・・世田谷だかどこかの、かつて教団関連が使用していた小屋だか部屋だかに、ダンボールだか何かに入ってたのか知らないけど・・・・・とにかくただ、ごっそりと置いてあったらしいぜ。」
「今まで誰もその存在を知らなかったのか、言わなかったのか知らないけど・・・・・そんな重大テープがずっと放置されてたなんて大問題だし、しかも警察より先にNHKが見つけたっていうんだから、大問題だよなあ・・・・・なにやってるんだか
」
私の内心:(それはちょっと、おかしすぎるわ・・・・・何かが変よ・・・・・陰謀の匂いがプンプンする!!)
私:「私にはそのテープ、ごく最近そこに置かれた物なんじゃないかって、そう思えて仕方ないわね
」
「どうせ、日本の警察の権威を失墜させるためかなんかの、ありがちな陰謀なんじゃないの???」
「日本にはまだ、ちゃんとした刑事さん・・・・・自分の自由や家族との団欒を犠牲にしてまでも・・・・・遺族の為、社会のために、身を粉にして一生懸命働いて下さる、そんな刑事さん達がたくさんいるはずよ。」
「そういう優秀な刑事さん達が、都内の教団関連施設なんて、ほったて小屋だろうが、なんだろうが・・・・・しらみつぶしに、絶対一度は調べているはず・・・・・今回テープが発見された場所だって、きっと一度は調べてるんじゃないかしら・・・・・その時は、そんなテープなんか、きっと置いてなかったのよ!!」
「でも、もし本当に、かつてテープはそこに置かれていなかったという事実が、証明されたとしても・・・・・日本のマスコミは、きっと報道しないのよね 」
「他人のアラを拾い、批判ばかりしているワイドショーって、一体なんなの? 」
「世の中には、たくさんの犠牲を払い、それでも一生懸命働いて下さってる方達がいることに思いを馳せ・・・そんな皆さんの苦労に感謝しようとか・・・・・もしそういう方達が本当に失敗してしまったのなら、批判せずに応援してあげようとか、失敗はお互い様なのだから助け合おうとか・・・・・どうしてそうゆう精神を持てないのかしら??」
「でも普段は滑稽なワイドショーも、ショッキングなネタがなくなると・・・・・ある問題を深く掘り下げた、とても良心的な報道を始めたりするのよね。」
「そうゆう日本のマスコミ傾向をよく知っている、なんらかの存在が・・・・・原発関係とか、その他にも、深く掘り下げられては困る問題がたくさんあるから・・・・・怒りを煽りやすい、ショッキングなネタを定期的に提供し、ワイドショー番組と国民を、操っている・・・・・私には、そんなふうに思えて仕方ないわね。」
「だから、どんな番組も、情報を鵜呑みにするのは、とても危険よ。今回の、このNHKスペシャルも・・・・内容は秀逸かもしれないけど、音声テープの件については、慎重に静観する必要があると思うわ。」
「特にNHKは、在日勢力・・・・・○○学会や、統一○○などの宗教と、非常に深く癒着していると指摘するジャーナリストもいるし・・・・・オウム真理教も、かつてそれらの宗教と深く関わりがあったと言われているし・・・・・暴走したのも、摘発されたのも、すべて国家を操る勢力の筋書き通り・・・・・と推測しているジャーナリストやブロガーも、いるくらいなのよ。」
「だから私は、<日本の警察はなにやってんだ!?>という、短絡的なワイドショーの馬鹿祭り騒ぎに便乗するつもりはさらさらないし、むしろそんな屈辱を受けても、それでも一生懸命捜査を続けて下さる・・・・・ニッポンの、誇り高き刑事さん達を、心から応援したいわね。」
「そして、みずからも、『お金だけのためでなく、世のため人のために一生懸命はたらく、誇り高きニッポンジン』 として・・・・・これまで受け継がれてきた、『美しい日本の心』 を決して絶やさず・・・・・未来を担う子ども達に、きちんと継承していけるよう・・・・・これからも、がんばらなくちゃね
」
いっきにまくしたてた私は、内心「決まった!」と自己(大)満足して、ふと夫の方を見てみると・・・・・
なんと夫は、「ぐ~~ ぐ~~」と、寝息を立てながら、寝ているではあーりませんか
どひゃ~~~~~
・・・・・まあ、いつものことだから、別にいいんだけどね(泣)
こうなったらもお、これからは記事に書いて、ぜ~んぶバラしてやるう~~~
ふふふふふふ 

先日、おうちで、家族の誕生日パーティーをしました
娘と相談して、メインのメニューは、手巻き寿司に決定
それから、将来の夢は「パティシエ=スウィーツ職人」の娘と一緒に、ケーキを焼くことにしました。
娘と一緒に、15時からお買い物に出かけます。
16時に帰宅して、まずはスポンジ生地をつくります。
卵4個と砂糖120gを泡立て、ふるった小麦粉120gと、
温めた牛乳小さじ4に、バター20gを入れてつくった、溶かしバター液を、
生地にさっくりと混ぜ込み、
予熱した170℃のオーブンで、約35分間焼き上げます。
生地に溶かしバターと牛乳を入れることで、まるでケーキ屋さんのスポンジのような、 しっとりと、美味しいケーキ台が、焼きあがります
ふくらみも、均一に上々
今回も、とても美味しそうなケーキ台が、焼きあがりました
デコレーションは、生クリームが溶けないよう、ケーキ台をしっかり冷ましてから、開始します。
17時にスポンジが焼きあがりましたので、ケーキ台を冷ます間、 私は息子と一緒に、中学校の夏の制服の買い物に出かけました。
18時に帰宅すると、スポンジ生地は、程よく冷めています。
夏服を購入した息子は、それから塾に出かけました。
帰宅は20時半過ぎです。
パーティーの開始予定は、息子が帰宅した、20時半~
少し遅い開始時間ですが、家族全員が揃う事を、優先します。
18時過ぎから、手巻きずしの支度と、ケーキのデコレーション準備を、開始しました。
デコレイト用の生クリームは、純動物性42%
植物性とは、やはり風味も舌触りも、まるで違います。
ケーキ台が21cmとおおぶりなので、今回は奮発して、3パック購入しました。
粉砂糖を加えた、生クリームの泡立ては、泡だて器におまかせして・・・・・
お手伝いをしたくてたまらない、パティシエ願望の小学2年生の娘に、 いちごとキウイなど、フルーツのカットをお願いしました。
私:「いちごのヘタは、こう切って・・・・・あとは縦3つに、こうやってスライスしてね。」
私が一度カットのお手本をみせてあげると、娘はちゃんと真似をして、とても上手に切ってゆきます。
私:「いちごは、半分ケーキの間にサンドして、残り半分は上に飾るから、飾る分を切らないでとっておいてね。」
娘:「はあい
」 いちごのカットを娘にお願いした私は、その間手巻き寿司の準備をしていました。
娘:「おかあさん、いちご切り終わったよ
次はキウイも切っていい?」 私:「うん、じゃあいま、キウイの皮を剥いてあげるね。」
私がそう言うと、娘の顔が曇ります。
私の内心: (ん?キウイの皮も、剥きたいのかな・・・・・でも今はまだ、ちょっと無理ね。)
私:「キウイの皮剥きは、つるつるすべってとっても危ないから、あなたの手がもっと大きくなったらお願いするわね。 そうね・・・・・4年生くらいになったら、挑戦してもらおうかな?楽しみにしていてね。」と言いました。
娘が 「うん!」 と言って、にっこり笑います。
キウイも上手に切り終わり、生クリームも、ほどよく泡立ちました。
手巻き寿司の準備も、一段落しそうです。 時間は、19時半頃。
私:「あと1時間したら、パーティーを開始するから、そろそろケーキのデコレーションをはじめようか?」
娘:「わーい
」 私:「じゃあ、まずスポンジを、こうして横半分、2枚にスライスしてね。
1枚目にクリームをたっぷりぬって、フルーツをサンドして、またクリームをたっぷりぬって、2枚目を重ねるのよ。」
いつの間にか夫がやってきて、ケーキをつくる私や娘を、動画やカメラに撮影しながら、眺めています。
娘にデコレーションの仕方を説明しながら、カットされたフルーツを、確認してみたところ・・・
私:「あれ?飾り用のまるごといちごが、5個しか残ってないよ?」
娘「え? ・・・・そう?」
私:「お母さん、上に飾る分は、スライスしないでとっておいてって、言ったよね?」
娘:「・・・・・・・あたしは、飾る分は、それで充分だと思った。」
私:「え~~?? 5個じゃあちょっと、足りないな~~。貧相な飾りのケーキになっちゃうよ??」
娘:「・・・・・・・・・・・・・」
私の内心:(いちごをカットするのが楽しくて仕方なくて、半分の見当が、わからなくなっちゃったのかな・・・・・
予めいちごを半分に取り分けてから、渡してあげればよかったな・・・でもこの機会に、仕事の厳しさを教えなきゃ)
すると私の中の、「おっかないおふくろさんモード」スイッチが、ぷちっとONしました。
途端に私は、威圧的な怖い口調になり・・・・・そして仁王立ちしたまま、娘に言い放ちます。
私:「いちごは1パックに、20個くらい入っていたよね。半分て言ったら、10個くらいだよ?ちゃんと数えたの?」
娘:「・・・・・・・・・・」
私:「次からは、切る前にちゃんと数えて。半分くらいって言ったら、ちゃんと半分残しておいてね。」
娘:「・・・・・・・・・・」
私:「わかったのなら、お返事は?」
娘:「・・・・・・・・・・」
私:「お返事出来ないのなら、もうあなたには、フルーツのカットは頼めないよ?」
娘:「・・・・・・・・・・・」
私:「仕事でミスをした時は、素直に謝って、次から気を付けますと、ちゃんと言える人にならなきゃいけないよ。
仕事でミスをしたのに、謝りもせず、ふてくされて、それで済むと勘違いしたまま、大人になってしまうと・・・・・どんな職場にも適応する事が出来ない、はたらくことの出来ない、可哀想な大人になってしまうんだよ。」
「今の世の中には、謝る事の大切さを教えられず、甘やかされ育てられた、可哀想な大人がたくさんいるけれど・・・・・はたらく事の出来なくなってしまった大人は、庇護してくれる親がいなくなった時・・・・・一番困るのは、本人なんだよ。」
「お母さんは、あなたに、はたらくことの出来ない、我儘な大人になってほしくないの。みんなに信頼されて、たくさんの仕事を頼まれる、大人気パティシエになって、幸せになってほしいのよ。」
「それには、創作が上手なだけでは駄目。いくら創作が上手でも、仕事でミスをした時に謝れない人は、いずれみんなの信頼を失い、誰からも相手にされなくなるんだから。」
「お母さんが、いつもこうゆうお話、お兄ちゃんにしているの、あなたはずっと横で聞いてきたのだから・・・・・
本当は、ちゃんとわかってるよね?」
「わかっているのなら、きちんとお返事をして頂戴。心の中でわかっていても、黙っていては駄目なのよ。
きちんと、自分の気持ちを、相手に話して伝えることが、とても大切なの。
そのために、人間には、お口と言葉が、与えられているのだから・・・・・
人として、一番大切な事なのよ。」
私:「さあ、お返事・・・・・出来るかな??」
娘:「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
それでも黙っている娘の顔をよく見てみると・・・・・娘もとても怖い顔をして、私の事を睨みつけています。
私の内心:(・・・・・この子は何か、言いたいことがありそうだ・・・・・一体何が言いたいんだろう?)
そこで私は、威圧的な仁王立ちをやめ、膝をついてしゃがみ込み、娘より下からの目線で、娘に語りかけました。
私:「お母さんは、あなたが失敗したことを、責めているのではないのよ。
失敗は、誰にだって、あるんだよ。
だからこそ、大切なのは、失敗した自分を、ちゃんと認める事なの。」
「失敗した自分をちゃんと認めて、素直に謝れる、勇気と強さを持つ事・・・・・それが、とっても大切な事だって、
RUNE・・・あなたは、本当はわかっているよね?」
「お母さんは、<だってあたしは悪くなかった>とか、<だって仕方がなかった>とか言って、自分の過ちから逃げようとする、<弱虫>が、大嫌いなのよ・・・・・あなたはそれを、とてもよく知っているよね??
「お母さんは、RUNEが大好きだからこそ・・・・・あなたに、そんな弱虫に、なってほしくないのよ・・・・・」
私はそう言って娘を引き寄せ、一度ぎゅっと抱き締めてから膝の上に座らせ、娘の手を軽く握り、顔を見ました。
すると娘は、
「・・・・・だって、だって、お母さんが・・・・・あたしは、あたしは・・・・」
と言って、私の顔を見詰めながら、 大粒の涙を、ポロポロポロポロと流し始めました。
私の内心:(私を真正面から見据え、涙を流すとは・・・・・いい面構えだわ。
それにしても・・・・ この子は一体、何が言いたいんだろう・・・・・
「だって、お母さんが」?? この子の心を、知りたい・・・・・)
私:「RUNEのおめめから、涙が出てきたね・・・・・それは、どうしてかな?」
娘の涙に、胸がいっぱいになりながら・・・・・それでも私は、娘に語りかけました。
「お母さんも、自分の母親・・・・ばあばに叱られた時、自分の失敗が悔しくて・・・泣いた事が、たくさんあったよ。」
私の内心:(今でもばあばに叱りつけられて・・・・・泣けてくる事が、たくさんあるのよ・・・・・)
私:「自分の失敗が悔しい時は、いっぱい泣きなさい・・・・・・自分の過ちを認める涙は、たくさん流せばいい。
でも、お母さんは私のことなんか、ちっともわかってないってゆう悔し涙なんだったら・・・・泣いてばかりでは駄目。」
「言いたい事があるのなら、泣いてばかりいないで・・・・・自分の気持ちを、ちゃんと話して伝えなさい。
ちゃんと話さなければ、相手には、何も伝わらないのだから。」
「だって、お母さんが・・・・・どうしたの?
あたしは・・・・あたしは・・・・・どうしたかったの?」
娘:「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
私:「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
するとそれまで、2人のやり取りを、じっと見ていた夫が・・・・・ ぽつりとこう言いました。
夫:「最初に、どんな飾り付けにしたいのか、2人でよく相談すればよかったんだよな。
お母さんは、半分サンドして、半分飾るつもりで、RUNEにカットをお願いしたんだろうけど・・・・・」
「RUNEは、飾りは5個で十分と思って、あとはみんなカットしてしまったのかもしれない。
だから最初に、どんな飾りにするかよく相談して、何個残すのか、予め決めておけば良かったんだよ。」
私の内心:(なるほど、そうかもしれない・・・・・この子はとても想像力が豊かで、斬新なデザインを発想したりするのが得意だから・・・
『まるごと飾るのは、5個で充分』の、この子なりの、飾り方のアイデアがあったのかもしれない)
私:「・・・・・そうだね。最初に飾り方をよく相談して、何個残すのか、ちゃんと決めておけばよかったね。
RUNEは本当に、上に飾るいちごは、5個で十分だと・・・・・そう思ったの?」
すると娘は、顔をくしゃくしゃにして、声をあげて泣き出しました・・・・・
私の内心:(・・・・・そうだったの。それが言いたかったのね・・・・・)
私の威圧的な叱責にも負けず、自分のきもちを伝えようと、一生懸命がんばった、RUNEの小さな心・・・・
この子の小さな心の中には、そんな強さが、すでに育っている・・・・・
私は娘の成長を、とても嬉しく思い・・・・・RUNEのがんばりを、誇りに思い・・・・彼女をまぶしくみつめました。
涙を流し続ける、娘の泣き顔が愛おしくて・・・・・今すぐ抱き締めてあげたかったけど・・・・・否。
まだ、この子に伝えるべき、大切なことがある。
私:「・・・・・でもね、RUNE。
どんなに素適なアイデアが浮かんでも・・・・誰かに頼まれた仕事を、自分の都合だけで変更しては駄目なの。
そうゆう時は、必ず仕事を頼んできた人に相談して・・・・了承を得てから変更するのが、社会のルールなのよ。」
「もし、シンプルなケーキを注文してきたお客様に・・・・・斬新なアイデアが浮かんだからと言って、勝手に注文と違うケーキをつくって、渡したらどうなるかな? 」
「中には、びっくりして喜んでくれるお客様も、いるかもしれない・・・・・
でも、毎回毎回、お客様の希望と違うケーキを、勝手に創作してしまうパティシエがいたとしたら・・・・・
どんなに素晴らしいケーキをつくるパティシエでも、いずれお客様の信用を失い、誰もケーキを注文に来なくなる・・・・・それが、社会の現実なのよ。」
「だから、おまかせするよって言われた時は別として、頼まれた仕事がある時は、勝手に変更しない事。
変更したい時は、必ず相談する事・・・・・その社会のルールを、決して、忘れないでね・・・・・・わかったかな?」
娘:「うん、うん・・・・・お母さん・・・・・・・・」
そう言って、娘から、私に抱き付いてきました。
私:「さあ、じゃあ涙を拭いて。もうすぐお兄ちゃんが、帰って来るよ・・・・・急いでケーキを仕上げないと。」
娘:「・・・・・うん
」 RUNEが涙を拭いて、にっこりと笑いました。
その様子を見ていた夫が、よかったね、とぽつり言うと、パソコンに戻って行きました。
翌日は、家族で長瀞にお出かけする予定だったので、その下調べに、余念がないようです。
RUNEがカットしたフルーツを使い、ケーキを飾り付けるための、おおまかな相談をした後・・・・・
RUNEには、ハート型のデコレイトチョコに、ピンクのデコペンシルで、自由に文字を書いてもらいました。
そして、手巻き寿司の準備も万端に整った頃、息子が塾から帰宅しました。
息子:「ただいま~~ あれ? ケーキ、まだ出来てないの?? じゃあ僕も飾り付け、一緒にやる~☆」
娘:「お兄ちゃん、お帰りなさあい。 いいよ~~ 一緒に飾りつけしよう~
」 私:「そうしたら、2人とも、手を洗ってきてね。
ここにサンドする分の、フルーツがあるから・・・・・お母さんが、スポンジにクリームぬったら、2人で並べてね。」
そして、てんこもりのフルーツと、クリームをたっぷりサンドしたケーキ台の表面に、さらにクリームをぬってゆきます。
私:「サンドするクリームは8分立て、表面にぬるクリームは9分立てと言って、少し柔らかめの状態にしておくの。 そうしないと、ぬるための動作で、さらに泡立ってしまうから・・・・・クリームに角が立つ、完璧に泡立った10分立て状態のものを、ぬりつけに使うと・・・クリームが分離してボロボロになり、不味くなってしまうのよ。」
「クリームは用途に合わせて泡立てながら・・・・・最後に絞り袋に入れて飾る時、10分立てにするの。
クリームの泡立ても、最初はたまご同様・・・・とても力が必要だし、時間もかかるから・・・・・お母さんは途中まで、泡立て器におまかせするの。」
「でも8分立て以降のクリームは、とてもデリケートに扱わなくてはいけなくて・・・・・本当に加減が難しいのよ。
だからRUNEには、もう少し大きくなってから、挑戦してもらうわね☆
今は、お母さんの手つきをよく見て・・・・・しっかりと、覚えておいてね。」
娘:「うん
」 そうやって出来上がったケーキが・・・・・5月26日の記事で紹介した、ケーキです。
シンプルなフルーツケーキではなく・・・・・
とっても華やかな、綺麗なケーキが、出来上がりました
夫も、すごく綺麗なケーキが出来たね~~ と、とても嬉しそうでした。
~ あなたと 出逢えた奇跡に ありがとう ~
この世界に 誕生出来たこと あなたと出逢えたこと 伴に生きられること
そのすべてが奇跡
そんな奇跡の世界に 生かされてきた わたしの想い
大切なあなたたちに
真心を込めて 伝えて生きたい
そうして 心と体と世界を 愛で結び
命と生命と世界のすべてを 紡ぎ繋いでゆくこと
それこそが
わたし達が この地球に 誕生した
最初で最後の奇跡
夢の途中



















